Twitterでリプを頂いたり、ブログ経由でコメントを頂いたりすると、色んなお声を頂きます。その中でちょくちょく頂くのがこんなメッセージ。
「毒親が洗濯をしてくれないんです。」
この言葉、何回か聞きました。しかし私は、大声で叫びたい。
洗濯くらい自分でしろよーーーーーーー!!!Σ(゚д゚||)
【補足~初めてこのブログを読む方向け~】 私は、今では毎日前向きに幸せいっぱいに過ごしています。しかし、私の母は、心理的虐待を行う毒親でした。私は、毒母から受けた四六時中続く罵倒などによる心の傷に苦しみ、生きづらさを抱えるアダルトチルドレンになったものの、26歳の時に克服した、という経緯があります。▶詳細はこちら |
目次
「毒親が洗濯をしてくれないんです」
「毒親が洗濯をしてくれないんです」という言葉を、何回か聞きました。
しかし、洗濯をしてもらう必要があるのって何歳までですかね…?正直、小学生でもできますよね…。
赤ちゃんだったら、おむつも変えてもらう必要がありますし、洗濯してもらう必要があります。幼稚園児も、まだ洗濯のハードルが高いかもしれません。
でも、小学生を越えたらさすがにできると思うのですよ…。
洗濯機の水を止められてるんですかね?水道に鍵がかかってるんですかね?洗濯しようとすると、暴力を振るわれるんですかね?
そうじゃないのなら、単なる甘えたちゃんだと思うのです。ソレ、毒親関係ないですね…!
「毒親が子どもの面倒を見てくれないんです」
「毒親が子どもの面倒を見てくれないんです」というお声も結構聞きます。でも思うんですよ…
毒親に、孫の育児の義務なくないですかーーーーー!Σ(゚д゚||)
それ、親が毒親なのではなく、娘が毒娘ですよ。いつ自立するんですか?
で、「毒親にひどいことをされた」「毒親から私は逃げられない」と言っていたりします。
依存しているのは、娘の方じゃないんですかね…?
毒娘から逃げられないのは、親の方じゃないんですかね…?
毒親に辛い思いをさせられた、解放されたい、と思うのなら、自立しましょう。
「金銭的に毒親から離れられない。」
金銭的な面で、毒親から独立できないというお声もちらほら頂きます。
「多額の借金を作ってしまい、毒親の援助に頼っている」
「働いていないので、金銭的に毒親から逃れられない」
などなど。
それって、毒親の問題じゃなくて自分の問題ですよね…。
多額の借金を作ってしまったのは、お金のやりくりのやり方が身についていなかったからですよね。働いていないのも、自分の問題ですよね。
私は働けない期間があっても仕方がないと思うので、「働け!自立しなさい!」とは思いません。でも毒親への金銭的依存から逃れられないのは、自分の問題であって毒親の問題ではありません。
また、いっそのこと「今までにされたひどい仕打ちへの迷惑料として、お金だけでもむしりとるんだ!」という気持ちなら、正直良いと思うのです。良いか悪いかはさておき、筋が通っています。
私の場合は毒母が専業主婦だったので、それはできませんでした。でも、そうでもしなければ気が収まらなかったので、できることならやっていたと思います。
自分の問題を毒親から逃れられないことへの言い訳にすり替えてしまうのは、単なる依存です。毒親は毒親、自分は自分、と混ぜないで考えましょう。
私はお弁当を作ってもらえなかった時期があった。
ちなみに私は、特に高校時代に毒母とうまくいっておらず、学校へ持っていくお弁当を作ってもらえない時期がありました。
当時の私は全く料理をしたことがなかったので、「うわー最悪だー…」と思っていました。でも、高校生です。本来料理くらい自分でできてもおかしくないのですよね。結局私は一時期自分でお弁当を作っていました。
味気ないお弁当を作るのに1時間以上かかったし、焼いた豚肉に塩を振ることさえしなくて、食べるときに味の無いおかずにびっくりしたこともあります。
高校時代の私はそんな感じで、ダメダメでした。でも、小学生のときに同じクラスだった男の子は、両親が共働きだったために自分で料理を作っていました。
小学校の調理実習でだし巻き卵を作り、その男の子がスッと包丁を入れたのですが、その慣れた手つきと包丁の入り具合の滑らかさにビックリしました。
結局、この辺りは毒親の問題ではなく、自分の問題です。
まとめ。毒親と自分の甘えは別軸の話。
毒親に洗濯をしてもらったり、育児をしてもらったり、金銭的な援助をして貰ったりするなら、相互補完です。毒親は子の依存に目をつむる、自分は毒親の毒に目をつむる、これでイーブンですよ。依存のし合いです。
毒親にされたひどい仕打ちなどは、それはそれとして恨んでも良いと思います。でも、自分のダメな部分があるのなら、それはそれとして別軸で直しましょう。
ごっちゃにしてはいけません。
2020/03/24追記
って記事をアダルトチルドレン克服した少し後に書いていたのですが。
今読むと、
「この記事を書いた当時の私は、なんでこんなに毒親に頼ることを強く批判してるんだろう??(ぽかーん)」
って思います。
今の私だったら、
「うーん、まあ洗濯してもらえたら楽かもしれないけど、それって気分良いこと??
毒親とイヤイヤ付き合ってまで洗濯をしてもらうより、毒親と縁を切って自分で洗濯した方が、気分良く過ごせるんじゃないかな?。」
って言うと思います。
この記事を書いた後に、
「毒親から『してもらえない』ことが多すぎて、逆にどこまでやってもらえるのが一般的に普通なのかが分からなくなってしまう。
そのせいで、普通の人なら求めないレベルのことも、求めてしまったりする。」
という話を聞きました。
以前の私は私で、「毒親は頼っちゃだめなんだ!」っていう考えに偏りすぎていたようです。
「親なんて愛情さえくれないんだよ!自分の力で生きていくしかないんだよ!」
と。
方向性は逆でしたが、「どこまでやってもらって当然のラインなのかが分かってない」のは、私も同じだったんですよ。
参考記事:人に頼れない性格の原因は幼少期のトラウマかも?解消法5つ。
「同じアダルトチルドレンでも、生い立ちとか、その人の考え方が違えば、共感してもらえないことは多々あるんだよ。
ほら、同じようにアダルトチルドレンで苦しんだ私だって、他のアダルトチルドレンさんのことを、全然共感できてないんだよ。」
という意味で、この補足を書いておきます。
アダルトチルドレン克服前の私が、相談者さんの立場だったら、
「同じアダルトチルドレンなのにどうして分からないの?!」
って傷ついたり悲しんだり反感を感じたりしただろうなと思います。
アダルトチルドレンのとき、自分の境遇のつらさを誰にも分かってもらえなくて、傷つくことをたくさん言われて、
「どうして!!」
って思ってましたが。
参考記事:生きるのがつらくても死にたくても自分を助けられるのは自分だけですよ。
同じアダルトチルドレンで苦しんだ私だってこんな感じですよ。
「私はほぼ心理的虐待しか受けてないから、暴力とかネグレクトとか、逆に過保護な毒親の悩みは理解できる気がしない。」
「長女だったから、弟・妹、一人っ子の人の気持ちは、きっと分からない。」
とは思っていました。
とはいえ、予想をはるかに越えて、他人の気持ちを汲み取りきれないんだなと感じました。
改めて。
人は違う生い立ち、違う考え方だから、他人が他人を完全に理解するのは難しいことです。
だからこそ、自分が自分を隅々まで理解してあげるのが大切なんだなと感じました。
(着地それかいという感じですが、やっぱりそこです。)