私は人を馬鹿にする人が許せなかった。それは小さい頃の怒りを我慢していたせいだった。

人の行動に「許せない!」と感じたら。

その怒りは、もしかしたらそれは過去の出来事から来てるかもしれません。

目次

友達「人を馬鹿にしても、何とも思わない」私「えええっ?!(驚)」

私の高校の同級生で、よく人を馬鹿にする女の子がいました。

 

「あの人のドラムの演奏、下手くそだよね~~」

「私は人を馬鹿にする人ぜんぜん気にならない。そういう話、楽しく聞ける!」

「彼氏もよく『◯◯(同じ部の部員)のドラム下手くそ!』とか言ってるよ。私も『ねー!よくあんなので人前で演奏できるよね!』って言ってるー!」

と言っていて、本人は全然悪いことだと思っていない様子でした。

 

でも、私は「人を馬鹿にする人なんてありえない!」って思ってしまうタイプです。

彼女の振る舞いに衝撃を受けたし、彼女のそういう振る舞いを見るとカッと怒りが湧いてくるし、1ミリも許せませんでした。

 

でも、彼女の他にも「人を馬鹿にする」ことを何とも思わない人もいます。

一方で、私のように「そういう人ありえない!」と思う人もいます。

 

この違いは何だろう?と思って、自分の中の、

「人を馬鹿にする人なんてありえない!」

という気持ちを深掘りしてみました。

根っこにあったのは、毒母から受けた虐待への「理不尽だ!」という気持ちだった。

「人を馬鹿にする人なんてありえない!」

という気持ちを深掘りしていくと、自分が、

「しなくていいネガティブな行動はすべきじゃない」

と思っていることに気づきました。

 

「人を馬鹿にすることで、何か得られるメリットがあるならまだ分かる。」

「でも、人を馬鹿にして得られるメリットなんて、何もない。」

「だから、人を馬鹿にして、無意味に人を不愉快にすべきじゃない。」

と思っていたのです。

 

さらに深掘りしていくと、その根っこには、幼少期の怒りがありました。

 

私は学生時代、毒母から心理的虐待を受けていて、毎日四六時中罵倒をされていました。

 

 

その時に感じていたのが、

「母から嫌な思いを沢山させられた!!」

「私には何も罪がないのに、母から毎日罵倒をされ続けた!!」

「私は生まれてきただけなのに!!私はこんな家に生まれたくなかったのに!!」

「理不尽だった!!嫌だった!!不愉快だった!!」

という怒りでした。

 

「理不尽に嫌な思いをさせられ続けていた」ことへの、

怒りとか、嫌だったという気持ちを、ずっとそのままにしていたせいで、

「人を馬鹿にする」という「理不尽に人に嫌な思いをさせる」人を見ると、

過去の怒りが湧き上がって、

「人を馬鹿にする人、許せない!!!!!!」

と腹が立っていたのです。

 

疑問が一本に繋がりました。

感情は感じきると、すーっと消える。

感情は感じきると、すーっと消えていくものです。

 

なので、

「母にあんな嫌な思いをさせられて、理不尽だった!!」

「嫌だった!!」

「普通の安全な生活がしたかった!!」

と、何度も何度も口に出してつぶやきました。

 

すると、

10回ほどつぶやくと、胸や頭がカーッと熱くなって怒りがこみ上げてきました。

100回ほどつぶやいたあたりで、一度膨らみきった風船の空気が抜けていくように、怒りがすーっと消えていきました。

「人を馬鹿にする人」を見ても、以前より怒りがこみ上げてこなくなった。

毒母への怒りを昇華したところ、

「人を馬鹿にする人」を見ても、以前より怒りがこみ上げてこなくなりました。

 

以前は、見た瞬間「カッ!!!」と沸騰するような怒りがあったのですが、今は、

「あーこういう人ヤダなー」

程度になりました。

 

過去の感情がずっと抑え込まれていると、

ふとした出来事で、そのフタがパッとはずれることがあります。

フタがはずれたとき、過去の感情が現在のあなたの生活に悪さをするのなら、

気づいたときに全部はき出しちゃいましょう!

 

生きることが、また一段楽になりますよー!!