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メンタルケア・スペシャリスト。毒母と機能不完全家庭による心の病を克服した経験を活かし、アダルトチルドレン克服法を発信中。
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「虐待を受けた」
「父もしくは母親が毒親だった」
「機能不全家族に生まれた」
という話を、一度は耳にしたことがありませんか?
もしくは、自分がそうだった、という方もいらっしゃると思います。

こちらの記事では、私の毒母の実際の話を書いています。多くの方に参考にして頂けるよう、「実際にこういう家庭がある」ということを伝えられると幸いです。

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機能不全家族。そして毒母。

私の家族構成

私の実家は、父、母、私、弟(4つ下)、祖母(父方)の5人暮らしでした。
 
  • 父→いつも笑顔で社交的。おおらかでおおざっぱ。
  • 母→毒母。専業主婦。完璧主義。
  • 弟→高校までは、いわゆる「良い人」タイプで、安定志向の草食男子。高校以降は毒母と口をきかなくなり、どんどん自分勝手なワガママな性格に。
  • 祖母→早くに夫を亡くし、女手一つで父を育ててきた背景もあり、自己中心的で、凶暴。注意されると逆ギレするタイプ。

私の毒母は、「精神的暴力」タイプ

私の毒母は、完璧主義で、しょっちゅう大声で罵声を浴びせる人でした。
 
毒親には、大きく分けて
  1. 「肉体的暴力」タイプ
  2. 「精神的暴力」タイプ
  3. 「放置(ネグレクト)」タイプ
  4. 「過干渉」タイプ
  5. 「性的暴力」タイプ
 
のタイプがあるようです。私の毒母の場合は2の「精神的暴力」タイプでした。
 
強迫観念を感じるほどの完璧主義で、何かミスをすると大声で罵倒し、何日にもわたって冷たい態度をとる、口をきかない、無視をし続ける、という人でした。
 
優しい態度をとったり、褒め言葉をかけることはほぼゼロに等しかったです。冷たい態度、罵声、愚痴、否定する言葉ばかりで、常に不機嫌な顔をしていました。
 
また、他人への批判は家族に対してだけではありません。私の友達、私の友達の親、ご近所の方、すれ違う人、店員、全てに対してでした。
 
  • 「あんたの父親ほんっとサイテー!」
  • 「あんたの父親もサイテーだけど、その母親もほんっとサイテー!○○家みーんなサイテー!!」
  • 「あ~同じ血が流れてなくて良かった~!B型サイッテ~!!」(母はO型、他四人はB型。)
  • 「○○ちゃんみたいなのと仲良くしたら同じように思われるわよ!遊ぶのやめなさい。」
  • 「○○君の母親、カマキリみたいな顔してサイッテ~」
  • 歩道を広がって歩いている人たちに、自転車であえてぶつかっていって「ごっめんなさあ~い♪」と叫ぶ。
と、しょっちゅう他人を批判している状態でした。書いていて気づきましたが、「サイテー」ばかり言っていた気がします。表現力・語彙力が乏しかったのでしょうか。そして、その性格のせいか、友達も少ないようでした。
 
また、自尊心が低いため、自慢話もしょっちゅうしていました。
 
  • 「あ~お母さんは美しい!それに比べてあんたはブス!!このブス!!」
  • 「お母さんは本当に優秀なのよ~~。にも関わらずあんたの父親みたいな人と結婚しちゃって、人生間違えちゃったわ~!」
  • 「お母さんは何でもできるけど、器用貧乏なだけでお金にはならないの~ああ~もったいない。」
  • 「お母さんはね、料理大っ嫌いなの。でもちゃんとしてるから毎日作るの~。あ~お母さん偉い!」(※母の料理はまずい)
というようなかんじでした。
「私はすごいのよ」「でも恵まれてないから今この状態なの」
というように、嘆きと自慢話をセットにしていました。
 
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家庭環境。生まれた時からすでに崩壊。

「温かい家庭」「家族団らん」という言葉は、全く感じられない家でした。常にピリピリした空気、もしくは、どよ~~~んと嫌なオーラが漂っている状態でした。
 
父、母、祖母が三人でお互いに争っていたので、常にどこかで誰かが口喧嘩をしている状態でした。
 
夕食は、基本的に家族全員で食べます。しかし、祖母が食べ方のマナーがとても悪く(クチャクチャ大きな音を立てる)、母がものすごく嫌なオーラを放つ、父は我関せず、という状態でした。「家族団らん(*^^*)♪」という雰囲気のかけらもありません
 
私が大人になってから、父と母は家を出て二人暮らしを始めます。実家は祖母、私、弟の三人暮らしになりました。父が、実の母親である祖母が嫌になり、我慢できずに飛び出したためです。その後、私、弟が一人暮らしを始めます。 

毒母26年間の実体験。

四六時中大声で罵声を浴びせる。常に冷たい態度をとる。

強迫観念を感じるほどの完璧主義で、何かミスをすると大声で罵倒し、何日にもわたって冷たい態度をとる、口をきかない、無視をし続ける、という部分は常に変わりません。

  • コップの水をこぼしただけで数ヶ月冷たい態度をとられる。(小さい子供はよくこぼします。)
  • 夏休みの作文で、字の綺麗さが母の合格点に達していないと「ハイダ~~~メ~~~~~~!!!!!」と目の前でビリビリに破かれる。(最後の一行だったとしても。鉛筆書きでも。)
  • 家庭科の作品を家で作っていると、毒母の基準に達しなければ、「こんなもん提出できるわけないでしょ!!」と、縫った部分を思いっきり引き裂かれる。
  • ドリルを買ってきて勉強を教えようとするが、常に冷たい態度。回答を間違えれば、「ハ~~イ!バ~~~~~~ツ!!」と、時には紙が折れるほど力を込めて大きくバツを書いたり、罵声を浴びせる。

間違えたり、下手な作品を作ったりして、激しく怒られるのはおかしいとは思います。ただ、当時の私は学力はトップクラスでした。また手先も器用だったので、他のクラスメイトよりも出来の良いものを作っていました。

毒母は完璧主義でしたが、質の高さを求めて完璧主義になっているというよりも、「アラを探している」タイプでした。ひとつのことが満ちても、また別の何かアラを探して怒り出すので、毒母の完璧主義が満ちることはありません。

とにかく誰かに当たり散らして、ストレス発散をしたかったのでしょう。

 

「もう一度チャンスをください!!!」としょっちゅう泣き叫んでいた覚えがあります。

間違いをしていなくても、気に入らなければやはり怒る。

間違いをしていなくても「気に入らなければ」、やはり毒母は怒ります。

毒母に頼まれて、アイスを買いに行ったことがありました。チョコレートとナッツがかかった、バニラアイスのバーが欲しい、ということでした。

しかし、買って帰ると、「こんな安っぽいもの、あたしが食べるわけないでしょ!!バカじゃないの?!」と、大声で怒鳴っていました。ハーゲンダッツのバニラチョコレートアーモンドのアイスクリームバー以外不正解だったようです。

弟ばかりをかわいがる。

毒母は私にはきつくあたっていました。しかし、弟のことは可愛がっており、いつも優しく接していました。

小さかった私は、一度「弟ばかり可愛がってる!!」と泣き叫んだ覚えがあります。父も毒母を「弟ばかり可愛がってる」と怒ったことがあります。

しかし、母は逆ギレをするだけで、態度は特に変わりませんでした。

私 が大人になってから、毒母が私に「あんたの父親に弟ばかり可愛がってるって言われたけど、私はそんな不公平な人間じゃない!」と言ったことがありました。

本気で思っているのか、思い当たる部分があって自分の過ちを弁解したいのか分かりません。私の予想ですが、多分後者だと思います。

行きすぎた厳しさのしつけ。

完璧主義の毒母から決められたルールがありました。

  • 門限は17時(友達は皆18時以降なので一人だけ早く帰る)
  • 友達の家に自転車で行ってはならない(他の友達だけ自転車で、私だけ走っている、ということがよくありました)
  • インターネット、テレビゲームは1日30分

などなど。それ自体も厳しいと思うのですが、問題はそれを破った時の毒母の対応でした。これを破ると、やはり罵声を浴びせられ、数日にわたって冷たい態度をとられます。(常に冷たい態度なので、もはや境界線が曖昧ですが。)

 

一度、友達の前で髪を思いっきり掴まれ、「そんな風に育てたのは、あたしか?!ああ!?」などと罵声を浴びせながら振り回されたこともありました。

食事を残すと激しく怒られる。

食事を残して激しく怒られることはよくありました。

激しく怒られてさんざん泣いた後、三角コーナーに捨てられた、自分が残した白いご飯を取って口につめこもうとしたことがありました。

しかし、緑茶の出がらしが裏にびっしりついていて気持ち悪すぎたので、さすがにやめました。

毒親の冷たい態度と罵声は四六時中、場所を問わない。

当然ですが、毒母の冷たい態度は、旅行中でもお構いなしです。旅行が「楽しい家族旅行」で終わることは、ほとんどありません。

コンビニから宿泊先へのホテルへの帰り道の光景を、鮮明に覚えています。私を冷たく無視し、早歩きをする毒母の後ろを、半べそでトボトボ小走りしていました。

当時泊まった山中湖の某ホテルと、コンビニで買ってもらった水色のゼリーの色は、最近まで嫌いでした。(ホテルもゼリーも何も悪くはないのですけれどね。)

 

しかし本人は、しょっちゅう、

「あたしはちゃんと旅行に連れてってやったからね!!!証拠としてちゃんと写真撮ってあんだから!!!忘れたなんて言わせない!!!」

と、叫んでいました。恩着せがましい上、行ったとしても四六時中罵声を浴びせられるなら、そんな旅行はいりません。

 

たまに街中で、不機嫌そうな母親の後ろをついていく悲しげな女の子の姿を見ることがあるのですが、見つけるたびに心が痛みます。

ご近所さんに挨拶をすると怒られる。

ご近所さんに会った時、「おはようございます。」などと挨拶をすると
「愛想よくしてんじゃないわよ!!!」
と怒ります。

大人の対応ではなく、「好きな人には良い態度」「嫌いな人には悪い態度」をとることを美徳としているのかもしれません。また、毒母は社交性がなく、父のビジネスの場でも構わず仏頂面をしています。

また、祖母は母と反対で誰にでも笑顔で対応するタイプなのですが(祖母には祖母の別の問題が沢山ありますが)、それを見て、
「中身はサイテーなのにソトヅラだけ良くしちゃって!!」
と怒ります。

このブス!このブス!このブス!

毒母は、私を大声で何度も何度も
「このブス!!!」
「このブス!!!」
「このブス!!!」

と、罵倒していました。

毒母が掃除機などが置いてある納戸に行くためには、私の部屋を通る必要があります。そのため一日に何度も私の部屋を通ります。その都度、罵倒をするのです。

特に、ドライヤーで髪を乾かしていたり、髪を結んでいたり、メイクをしたり、鏡を見ている時はことさら大声で罵倒をします。そういう場合は、部屋を通る時に、一度、
「このブス!!!」
と言った後に、通り終えて、部屋の戸を閉めた後、わざわざまた戸を開けて(←!)
「このブス!!!(バンッ)」
と罵倒し、大きな音を立てて戸を閉めるのです。

ブスと罵倒され続け、その後、私は外見に自信が持てなくなり、一時期は本気で自殺を考えるようになります。

「受験勉強の休憩」と称して、ひたすら愚痴を喋り続ける。

以前別の記事で書きましたが、私の毒母は「お茶休憩は大事よ!」と言って、お茶をしながら私に愚痴をこぼし続ける、ということがしょっちゅうありました。

毒親を幸せにする責任を背負い込まない。

「お茶休憩+愚痴」が始まったのは、私の高校受験が始まってからでした。「勉強ばかりじゃだめよ!休憩もしなきゃ!」というのが母の主張で、一日1~2回ほどありました。

それ自体は「子ども思いの母親」かもしれません。しかし、毒母が話すのは基本的に父、祖母に関する愚痴です。「あんたの父親ほんっと最低!あんたにもその血が流れてんのよ!」という流れなので、愚痴を聞くだけでなく、聞いている私自身も真正面から罵倒されている状態になります。

「あんたの父親ほんっと最低!」
「子供は産んじゃだめ!○○家(父方)の血を根絶やすのよ!」
「私ってホント優秀なのに、器用貧乏なだけでお金にならないのよ~!」

という内容が毎日延々と繰り返されます。「勉強の合間の休憩」とは言いますが、愚痴なので、休憩前よりどっと疲れます。

当時、「毒親に抵抗する」ということを知らなかった私は「勉強も大変だけど、お母さんの愚痴も聞いてあげなきゃ!」というスタンスでした。哀れな話です。

常に発狂している。叫んでいる。

子どもである私に対してだけでなく、

  • 完璧にして、重箱の隅をつつかれても良いようにしてるんだ!!
  • 文句なんか言わせない!!
  • あたしはちゃんと母親の仕事完璧にこなしてんだ!!

と、誰に対するでもない暴言を吐いていました。もちろんそれを聞くのは私です。

 

さらに、

あたしが老人になったら迷惑をかけてやるんだ!!全裸で徘徊して、ご近所中、恥ずかしい言葉を叫びまくってやるんだ!!

と叫んでいました。

 

すでに十分周囲に迷惑をかけまくっているのに、さらに迷惑をかけたいそうです。

このセリフ、銀魂で読んだ気がします。フィクションじゃないですよ。そういうことを言う人、ガチで世の中に存在しますよ。

良い家庭を作れていないという自覚はあるらしい。

こんな暴挙の限りをつくした毒母ですが、

「いい家庭を作れなくてごめんね…。」

と何度か言われたことがあります。良い家庭でない自覚はあるようです。

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まとめ

いかがでしたでしょうか。

私も十分苦しみましたが、世の中にはさらにひどい家庭も沢山あります。そういった方々への理解に少しでも役立てればと思います。

また、下記記事も併せてお読み頂けると幸いです。

生きるのが辛い。死にたい。アダルトチルドレンの生きづらい26年間の実体験。
毒親の母を持つ私が、26歳でアダルトチルドレンを克服した11の方法

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1 個のコメント

  • 僕は50歳になり虐待の後遺症に苦しんで居ます、病院や霊能者にも治療を受けましたが99%治らない人生を棒に振ったとか言われ医学学会にも生きてる事が珍しく発表したそうです、今僕は全て失い早く迎いに来ること待ってます‼毎日体の痛みに耐えてます心も病んで気が狂いそうです。せめて死ぬとき楽に死にたいですね!